Final Fantasy W

Grudge


アラズラム







 これは、セシルたちが封印の洞窟を攻略してから、
 飛空艇『ファルコン』で地上へ戻るまでの間に起きた出来事である。




 地底奥深くから遥か天空の彼方までそびえ立つ、悪の本拠地バブイルの塔の中枢部にて、黒い甲冑の男と白衣の老人が密談をしていた。
「ルゲイエ、次元エレベータの調子はどうだ?」
 ルゲイエと呼ばれた白衣の老人は、ヒャヒャヒャと笑いながら甲冑の男――ゴルベーザに返答した。
「すこぶる良い調子です。あとは最後のクリスタルが届くのを待つのみですな」
 ゴルベーザの目的とは――実際は彼を操っている真の悪の目的なのだが――
 次元エレベータをクリスタルの力によって作動させ、月からバブイルの巨人を転送し、この星の全てを焼き払うことだった。
 しかし、クリスタルを7つまで揃えたところで問題が起きた。
 次元エレベータに重大な欠陥があることが判明したのである。
 そのためゴルベーザは、セシルたちとの戦いに敗れてスクラップとなっていたルゲイエを修理、再生させ、
 次元エレベータの修理に取り掛からせていたのである。
「そうか、だがそれも間もなく到着するはず――」
 その時、青い鎧を身に付けた竜騎士――カインが彼らの許に現れた。
「待ち侘びたぞカイン。して、首尾は?」
「はっ、ここに」
 カインは美しく光り輝くクリスタルをゴルベーザに差し出した。
 彼は封印の洞窟で再びゴルベーザの魔力によって洗脳され、セシルからクリスタルを奪ってきたのであった。
「うむ、これで全てのクリスタルが揃った。カインよ、ご苦労だったな」
 ゴルベーザの褒め言葉に、カインは無言のまま跪く。
 そしてゴルベーザは、直ちに次元エレベータを作動させるようルゲイエに命じるが、
 転送に充分なエネルギーをチャージするのに数日は必要と答えられ、少々顔を――
 もっとも覆面を被っている彼の表情など窺い知ることはできないのだが――しかめた。
「それは少々厄介だ……。すでに奴らはあの幻獣王の助力を得たと聞く。のんびりとしてはおれんぞ」
 ゴルベーザはこの段階では、セシルよりもリディアを危険視していた。
 彼女に一度煮え湯を飲まされたからでもあるが、あの若さで多くの召喚魔法を使いこなしていることに、少なからず脅威を感じていたのである。
 よもやとは思うが、もし最強の黒魔法であるメテオまで習得されてしまったら、本当に危険極まりない存在となるのは間違いなかった。
「私が今のうちに始末いたしましょうか?」
 カインがゴルベーザに進言するが、即座にルゲイエがそれを遮った。
「なりませんぞ。こやつは一度我々を裏切っておりますゆえ信用できませぬ。ここは、このわたくしめに……」
「貴様が?」
「巨大砲と、我が息子バルナバの仇を討たせて下さりませ」
 ゴルベーザはしばし思案した末、それを許可した。
 カインほどの実力者を操るには多大な魔力と精神力が必要であるため、傷が完治していない今、彼を傍から離すのは危険と判断したからである。


 許可を得たルゲイエは自分の実験室に戻ると、黒装束を全身に纏った男を呼び寄せた。
「良いか? 必ず生かしたまま、例の洞窟へ連れて来るのだぞ?」
「心配するな。あんたから貰ったこの身体があれば簡単な事だ」
 黒装束の男は、覆面の間から冷たい瞳を覗かせてニヤリと笑った。


 一方その頃、地底世界唯一の国家であるドワーフ王国の城の外では、ブラブラと散歩をしながら時間を潰す青年――エッジの姿があった。
 彼は城内で行われている飛空艇『ファルコン』のドリル取り付け作業を手伝うのが嫌で、こっそりと逃げ出してきたのである。
 だが……。
「コラッ!」
 聞き覚えのある怒鳴り声に恐る恐る振り返ると、案の定そこには緑色の髪が美しい召喚士の少女――リディアが細い眉を吊り上げていた。
「エッジ、こんなとこでサボってちゃダメじゃないの! シドのおじちゃんがカンカンだよ!」
 そのあまりにも騒々しい声に、エッジもついカッとなって言い返す。
「うるせーな、俺はじーさんの弟子じゃねえっての! ガキは城の中で大人しくしてろ!」
「わたしはガキじゃないもん!」
 二人のこのようなケンカは、もはや日常茶飯事となっていた。
 そして最後には必ずエッジが言い負かされるのも。
 最近では「幻獣王様を呼び出しちゃうよ!」とリディアが脅すことを覚えたため、ろくに反撃できないことも多くなっていた。
 結局今回もリディアの勝利に終わり、エッジは渋々シドの手伝いに戻っていった。


「もうっ! わたしはもう子どもじゃないのにっ!」
 エッジが城に戻るのを見届けた後、リディアは腹立たしげに言った。
 リディアは他人から子ども扱いされるのを、この上なく嫌っていた。
 幼い頃、皆の足手纏いとなっていたのを気に病んでいたからであった。
 攻撃も回復も仲間に比べて後れを取っていた上に、地下水脈では溺れかけ、ホブス山では登るのに疲れて、セシルにおぶってもらったほどなのだ。
 皆に申し訳ないと思うと同時に、早く大人になりたいと幼心に願っていたのである。
 そのため、幻界で成長してセシルたちの危機を救った時は、ようやく皆を助けられる一人前の大人になれたという自信を持ったものだった。
 それなのに、エッジはリディアのことを『子ども』だの『ガキ』だのとからかっていた。
 彼女の幼い頃を知らないとはいえ、リディアはエッジのその辺りが好きになれずにいた。
(※まあ、エッジの言う『子ども』には別の意味もあったのかもしれないが)
 ――でも、エッジにもいいところはたくさんあるのよね。
 正義感が強いし、一生懸命だし、エブラーナの人たちから好かれてたし、何より誰にでも優しいし(わたしを除いてだけど)。
 その瞬間、いつの間にかエッジのことで頭がいっぱいになっている自分に気付き、リディアはブンブンと頭を振った。
 ――わたしったら、なに考えてるのよ!?
 彼女の耳に低い声が聞こえてきたのは、その時だった。
「召喚士リディアだな?」
 突然の声に驚いて振り返ると、いったいどこから現れたのか、そこには黒装束を纏った男が立っていた。
 覆面のため顔は判別できなかったが、声の調子からドワーフではないことは明らかだった。
「誰?」
 男はリディアの問いには答えずに言葉を続ける。
「博士がお前をご所望だ。悪いが一緒に来てもらう」
 そう言うと、男はリディアに腕を伸ばしてきた。
 リディアは覆面の奥に潜む殺気立った瞳に恐怖を感じ、男の手を払いのけると後ろに飛びのいた。
「近寄らないで!」
「抵抗するならば仕方がない。少し痛い目に遭ってもらう」
 男は腰に差した剣を――否、エッジの物とよく似た刀を抜き放ち、リディアに襲い掛かろうとした。
 しかし、それは突如頭上から降り注がれた手裏剣の雨によって遮られる。
 そして次の瞬間、リディアの眼前に先程城に戻ったはずの青年が軽快に着地した。
「エッジ!?」
「だから城の中で大人しくしてろって言っただろ?」
 エッジはそう言うと、腰から刀を抜き放った。
 どうやら一部始終を屋根の上から観察していたらしい。
「で、でも、いきなり手裏剣を投げることはないじゃない!」
「バーカ。あいつをよく見てみろよ」
 口調こそ常と変わらないが、エッジは何時になく真剣な目つきとなっていた。
 驚くべきことに、あれだけの手裏剣が男には一枚も命中していなかったのである。
 エッジは男の身のこなしを見て、彼が何者かすでに判っていた。
「てめえ、エリック=カシアスだな?」
「……久しぶりだな。若様」
 エリックと呼ばれた男は覆面をおもむろに脱ぐと、エブラーナに多い黒髪黒眼の整った素顔を明らかにした。
 するとエッジは彼の素顔を見るが早いか、素早く斬りかかっていった。
「てめえに逢うのを楽しみにしてたぜ! 覚悟しやがれ!」
 即座にエリックも刀で応戦を始めた。
 二人の斬り合う姿を見て、リディアは背筋が寒くなった。
 彼らの目つきと、時折発せられる声の調子が尋常ではなかったのだ。
 そのためリディアは逃げることも加勢することも出来ずに、その場に佇んでいた。


 最初こそ互角の勝負だったが、次々と繰り出されるエッジの鋭い剣戟に対し、エリックはやがて防戦一方となっていった。
「やるな。さすがはエブラーナの惣領と言ったところか……」
「なに余裕こいてやがる!」
 劣勢にも拘らず笑みを浮かべているエリックを見て、エッジはさらに腕に力を込める。
「だが、所詮人間の力ではここまでだ!」
 エリックがそう叫んだ次の瞬間、彼の姿がいきなり消えたかと思うと、なんとエッジの背後に現れ、背中目掛けて刀を振り下ろした。
 ザシュッ!
 肉が斬れる鈍い音と流れ出る鮮血と共に、エッジが前のめりにドサリと倒れた。
「エッジ!!」
 その音にようやく我に返ったリディアが駆け寄ろうとするが、その行為は頸に当てられた刀の冷たい感触によって遮られた。
「動くな。そいつの様になりたくはなかろう?」
 リディアは悲鳴を上げることさえできなかった。
 エリックはエッジを一瞬で斬った次の瞬間、彼女の背後に回り込んでいたのだ。
 とても人間とは思えない動きに、リディアは心臓を鷲掴みにされたような恐怖を感じていた。
「それでいい。だが、万一ということもあるからな」
 エリックは懐から手裏剣を取り出すと、体内の気を集中させて地面に映るリディアの影を目掛けて投げつけた。
 すると、とたんにリディアの身体の動きが封じられた。
 エブラーナ忍術の一つ『影縛り』であった。
 そして無抵抗となったリディアを両手で抱きかかえると、ルゲイエに命じられた場所へと移動を始めた。


 エッジは夢を見ていた。
 場所はまだ廃墟と化す前のエブラーナ城。
 この頃のエブラーナは、指導力溢れる国王と慈愛に満ちた王妃による統治の下、国民の誰もが明るく暮らすことのできる国だった。
 しかし、その平穏もルビカンテ率いる魔物の襲来によって突如破られた。
 国王率いるエブラーナ軍は忍術を駆使して勇敢にこれに立ち向かい、数度に亘る襲撃を辛うじて退けることに成功したが、
 戦いを重ねるに連れ死傷者が増え始め、このままではいずれ城を落とされるのは明白となっていた。
 そこで、こちら側から相手に奇襲をかけるという乾坤一擲の作戦が立てられ、大陸中に密偵を放ち、敵の多くが密集している地点はどこか捜索させた。
 その結果、大陸南東部に広がる森の中に魔物の巣窟を発見したとの報告がもたらされた。
 報告した密偵は、昔大陸北部を治めていた一族、カシアス家の末裔であるエリック=カシアスという男だった。
 そして次の日、夜の帳が下りると同時に、城からエッジに率いられた精鋭が密かに出撃した。
 エッジは前の戦いで傷ついた父王の身体を気遣って、この大任を果たすことにしたのである。
(※当然両親は猛反対したが押し切った)
 だが、全てはエリックの仕組んだ罠だった。
 エッジが城を空けてから数刻後、ルビカンテが城を襲撃し、これを陥落させたのである。
 ルビカンテは無抵抗の国民や兵士には手を下さなかったため、運良く洞窟に逃れることができた者も多かったが、
 国王と王妃は落城と共に行方不明となってしまった。
 一方のエッジも南東部の森で逆に襲撃を受け、彼自身は傷を負いながらも逃れることができたが、他は数名を残して全員が戦死した。
 翌朝、やっとの思いで城に戻ったエッジが見たものは、原形を留めないほど破壊された城壁と、無残に殺された人々の姿だった。
 そしてエリックが魔物と手を組んで国を裏切った理由が、昔『エイブル講和条約』によってカシアス家を衰えさせたジェラルダイン家を滅ぼし、
 エブラーナ大陸の支配者になることだと知ったのは、洞窟に逃れてからしばらく後のことだった。
 エッジは何としてもエリックを捜し出そうとしたが、ついに発見することができないまま、現在に至ったのである。
 
 
 場面がバブイルの塔に変わった。
 エッジはそこで変わり果てた姿の両親と対面していた。
「親父! おふくろ! 俺のことが分からないのかよ!?」
 国王と王妃は、息子の声など聞こえないかのように躊躇なく襲い掛かってきた。
「くそっ! なんでそんな姿になっちまったんだ!?」
 その時、エッジの背後で声がした。
「エッジが悪いんだよ……」
 振り返ると、暗い表情のリディアが彼を見つめていた。
「リディア……?」
「エッジのせいで、あなたのお父さんもお母さんもあんな姿になっちゃったんだよ……」
「リディア、何を言ってるんだ……?」
 エッジを映すリディアの瞳には涙が光っていた。
「ほうら、エッジが助けてくれなかったカラ、ワタシマデ……コウナッチャッタ……」
 リディアの身体が、徐々に人にあらざる形に変化していく光景を見て、エッジの意識は恐怖のあまり夢から急速に引き戻されていった。


「エッジ! エッジ!」
 エッジが目を開けると、金髪の見目麗しい女性が心配そうに自分を見下ろしているのが見えた。
「よかった、気がついたのね。ずっとうなされていたから心配したのよ」
「……ローザか? リディアは!?」
 エッジは寝かされているベッドから起き上がろうとするが、とたんに背中に激痛が走った。
 ローザが慌てて彼を押し留める。
「まだ動いちゃいけないわ。あなたは外で血塗れになって倒れていたのよ。傷口が塞がっていたから手遅れにはならなかったけど……」
「傷が塞がってた?」
 エッジは不思議そうな顔をした。
「とにかく少し待ってて。セシルを呼んでくるから」
 セシルはすぐにやって来た。
「エッジ、傷は大丈夫かい?」
「俺のことより、リディアを……あいつを助けねえと!」
「やっぱり、リディアの身に何かあったんだね?」
 エッジがこれまでの経緯を簡潔に説明すると、おもむろにセシルが訊ねた。
「そのエリックという男が、リディアを攫う理由に心当たりはあるかい?」
「ねえよ。さっぱり解らねえ」
「わかった。リディアは僕たちが捜すから、君は傷を癒しておくんだ」
「バカ言ってんじゃねえよ! こんな時に……」
 と、明らかに不満の色を露わにするが、ローザもセシルと同意見だった。
「セシルの言う通りよ。大人しくしていてね」
 そして二人は部屋から出て行くと――エッジの性格を考慮した上での処置なのだろう――外から鍵をかけた。
 だが、そんなことで挫けるようなエッジではなかった。
 ――冗談じゃねえ、こんな所でじっとしてられっか!
 そして30分後にローザが包帯を取替えに来た時、エッジの姿は部屋の中から完全に消え失せていた。


 ――リディア、待ってろよ……。
 エッジは『壁抜けの術』で部屋から脱出し、現在ドワーフの城とバブイルの塔の中間地点にいた。
 彼は忍者の能力を最大限に発揮して、地面に微かに残るエリックの足跡を追っていたのである。
 その時、いきなり岩陰から何者かが飛び出してきた。
「くっ! 敵か!?」
 慌てて刀を抜きかけるが、いらぬ心配だった。
「エッジさん、待ってください! 私です!」
 飛び出してきたのは、以前北西の洞窟でリディアに協力を申し出てくれたシルフたちの一人だった。
「シルフ!? なんでこんな所に?」
 彼女たちシルフは人間を怖がるため、このような場所には決して姿を見せないはずなのである。
「リディアが呼び出してくれたんです」
 そして事情を飲み込めないエッジに説明を始めた。
 あの時エッジが斬られた瞬間、リディアはシルフをこっそりと召喚していたのだった。
 だが、直後に背後に回られたため、彼女一人しか呼び出せなかったのである。
 そしてリディアが連れて行かれた後、エッジの傷口を塞いで後を追い、エリックが向かった場所を突き止めたのであった。
「じゃあ、リディアがどこにいるか知ってるんだな?」
 即座に頷くシルフを見て、エッジは顔を輝かせた。


 その頃、リディアはバブイルの塔近くに隠された洞窟に連れ込まれていた。
 相変わらず全身が麻痺しているため、逃げ出すのはとても不可能だった。
 洞窟は意外に奥深く続いており、長い階段を降りた先には機械で造られた広間があった。
 そこには実験台やビーカーなど数多くの実験器具があったが、リディアが何よりも目を奪われたのは、死んだはずのルゲイエがいたことだった。
「随分遅かったのう」
「申し訳ない。いらぬ邪魔が入ったのでな」
「まあよいわ。サンプルも無事に手に入ったことじゃし」
 ルゲイエは何か言いたげなリディアを見て、ヒャヒャヒャと笑う。
「ワシが死んだはずとでも言いたいのじゃろうが、ワシの才を惜しまれたゴルベーザ様がこの通り再生してくださったのじゃよ。
 エリック、すぐに実験を始めるぞ」
 エリックはリディアを実験台に寝かせて両手足を縛り付けた。
 リディアの瞳に恐怖の色を浮かぶ。
 この老人が行う『実験』とは一つしか思い当たらなかったからだ。
 それに気付いたルゲイエは、再びヒャヒャヒャと笑う。
「失敗はせんよ。ここに完成品がおるからのう」
 ルゲイアはそう言うと、エリックの黒装束を剥ぎ取った。
 リディアはエリックの身体を見て顔面蒼白となった。
 異様なほど隆起した筋肉に、紫色をした皮膚の上の斑模様。
 頭を除く全ての身体の部分が、明らかに人間のそれではなかったのだ。
「これがワシの研究の成果じゃ!」
 ルゲイエは満足げに叫んだ。
 彼はロボット工学を駆使してバルナバを発明し、自らの肉体までもサイボーグに改造するのと同時に、
 生物学を応用して人間の肉体から最強の魔物を造り出す研究を進めていたのである。
 その過程での産物がエッジの両親やベイガンなどで、中でも限りなく理想に近い形となったのがエリックだったのである。
(※ちなみに、エリックはベイガンと同様、自ら肉体を差し出したのだった)
「普通の人間にこれだけの成果があったのじゃ。
 ということは、純血の召喚士であるお前なら、よりよい結果が期待できるはず!
 後はこれさえ射ち込めば――」
 言いながら、ルゲイエは注射器を手に取った。
 その中には人を魔物へと変化させる薬品が入っていた。
 リディアは目に涙を浮かべながら必死に身をよじらせて逃れようとするが、麻痺した上に拘束された身体は一ミリも動かなかった。
 あのような醜い姿にされてしまうくらいなら、そしてエッジやセシルたちと戦わされるくらいなら、
 この場で舌を噛み切ってしまいたかったがそれすらもできない。
 無情にも、針はすぐ傍まで迫って来ていた。
 ――もうダメ……。たすけて――とリディアが諦めかけた時だった。
 入口で見張りをしていたアイズが、警報を鳴らし始めたのである。
 突然のことにルゲイエは作業を中断する。
「何事じゃ!?」
『シンニュウシャデス!』
 アイズからの報告に、ルゲイエは慌ててモニター画面を付ける。
 それが召喚士の持つ不思議な力によるものなのか、それとも女の勘によるものなのかは分からない。
 しかし、リディアは来てくれたのは彼に違いないと直感していた。
 そしてモニター画面に一瞬だけ映し出された彼の姿を見たとき、彼女は感激のあまり心の中で叫んでいた。
 ――エッジ!


 ルゲイエとエリックは、明らかに驚きの表情を露わにしていた。
「バカな! 奴は確かにこの手で……!?」
「何をしている! 早く始末してこい!」
 ルゲイエが促すが、エッジが広間に姿を現すほうが早かった。
「間に合ったみてえだな……。リディアを返してもらうぜ!」
 エッジの瞳は怒りに燃えていたが、リディアが無事であることに少し安堵していたようだった。
「死に損ないめが……。それほど死に急ぎたければ、望みどおりにしてくれるわ!」
 言いながらエリックは刀を抜き放った。
「やってみなきゃ、分かんねえだろうが! いくぜっ!!」
 エッジは掛け声と共にエリック目掛けて突進しながら腕を振り上げる。
 だが、彼の最初の攻撃は刀ではなかった。
「喰らいやがれ!」
 エッジはいきなり火遁を浴びせた。
 無論、異形の者となっているエリックがその程度の炎で倒されるはずがなかった。
 しかし、エッジは続けざまに水遁と雷迅を浴びせる。
 さすがのエリックも、この連続攻撃には少し顔を歪めるが、所詮何程のことはなかった。
「愚かな。刀で敵わぬからとはいえ、この程度の忍術で私が倒せるとでも思っているのか?」
「思っちゃいねえさ!」
 すると今度はエリックに向かって何かを投げつけた。
 それはエリックの眼前でボンッと破裂したかと思うと、一瞬で辺り一帯に白い煙を立ち込ませた。
「煙玉など無駄だ!」
 エリックがその人間を超越した剛力で勢いよく刀を振り下ろすと、凄まじい突風が巻き起こって視界が開けた。
 そして自分の背後に回りこもうとしているエッジの姿を発見する。
「バカめ! 死ね!」
 エリックは目にも留まらぬ早さで移動し、エッジの左胸にザクッと刀を突き刺した――はずだった。
 なんと次の瞬間、エッジの姿が突如ぼやけたかと思うと消滅したのである。
 ――分身だと!?
 その一瞬、分身に気を取られたのが命取りとなった。
 頭上に巻き上げられた煙の中から本物のエッジが飛び出したかと思うと、勢いよく刀を振り下ろし、
 エリックの胸から腹部にかけて深い傷を負わせたのである。
「グッ……! 貴様ぁ!」
 致命傷とまではいかなかったものの、これによって優劣は完全に逆転した。
「終わりだ。てめえもエブラーナ人の端くれなら、裏切り者はどうなるか知ってるよな?」
 エッジからの発言にエリックの顔は青ざめた。
 エブラーナはこれまで閉鎖的だったこともあり、国民同士の仲間意識が強く、そのため裏切りは最も恥ずべき行為とされており、
 国に仕える者がそれを犯した場合は死罪に処せられることも珍しくないのである。
 エリックにとって今の言葉は、死刑宣告を言い渡されたことに等しかった。
 しかし、エリックは諦めが悪かった。
 とっさに実験台の傍に移動し、卑怯にも身動きできないリディアの喉元に刀を突きつけたのである。
 リディアの瞳から涙が零れ落ちるのが見えた。
「動くな! 少しでも動けばこの娘の命はない!」
 だが、慌てたのはエッジではなくルゲイエの方だった。
「エリック、何のマネじゃ!? 貴重な実験サンプルに――」
「黙れ!」
 エリックはルゲイエを壁まで突き飛ばすと再度警告する。
「さあ、大人しく刀を捨て――」
 彼の発言はそこで中断した。
 ルゲイエに気を取られている一瞬の隙を突いて、エッジが影縛りを掛けたからである。
 そのため、身体全体が少しも動かせなくなったのだ。
 エッジは狼狽するエリックを冷たく睨み付けた。
「エリック、一つ言っとくぜ。女を人質に取るようなてめえに、エブラーナはやらねえよ!!」
 そう言い放つとエリックの顔面をおもいっきり殴りつけ、地面に叩きのめした。
 そしてすぐに縛られているリディアを解放するが、彼女は自由になるなりエッジに抱きついてきた。
 よっぽど怖かったらしく、エッジの胸に顔を埋めながら、時折グスッとすすり泣いた。
「おいおい、泣くなよ。ったく、しょうがねえなあ……」
 ――正夢にならなくて、本当に良かったけどな。
 エッジは苦笑しながらも、彼女が泣き止むまでその滑らかな髪を優しく撫で続けてやるのだった。


 ようやくリディアが泣き止んだのを確認すると、エッジは彼女の手を引いて脱出を促した。
 いつまでもこうしていたいのはやまやまだが、一刻も早くここから離れた方が良かった。
 幸いリディアに掛けられた影縛りの効力は、エリックが倒されたと共に弱まっており、まだ充分に話すことはできないものの、歩行には何の支障もなかった。
「さあ、早く帰ろうぜ。今頃みんな心配してるからな」
「うん」
 リディアが頷いてようやく笑顔を見せてくれたその時だった。
 広間の入口が鉄の扉によってガシャンと勢いよく閉じられ、同時に壁に穴が開き、そこからマグマが次々と流れ出てきたのである。
 ふと見ると、ルゲイエの姿がどこにもなかった。
 彼はエッジたちをここに閉じ込めて、マグマで始末するつもりなのであった。
 エッジは慌てて『壁抜けの術』を使おうとするが、すでに壁に近づくことさえ不可能となっていた。
「リディア、奥に逃げろ!」
 二人は少しでもマグマから離れようと洞窟の奥へと逃れるが、そこまで押し寄せてくるのも、もはや時間の問題となっていた。
 広間の方からは絶叫が聞こえてきた。
 哀れにもルゲイエに見捨てられて置いていかれた、エリック=カシアスの断末魔であった。


 一方、ルゲイエは洞窟の外へまんまと脱出していた。
 召喚士という貴重なサンプルを失ったのは惜しかったが、それはまた地上で手に入れれば良い話で、
 命じられたリディア抹殺という任務の遂行に一応は満足していた。
 あとはバブイルの塔に戻り、ゴルベーザにこの事を報告すれば、彼から多大な信用も得られ、さらなる栄達も図れるというものだった。
 その姿を想像してヒャヒャヒャと高らかに笑った直後、目の前に炎のマントを纏った見覚えのある男が立ちはだかった。
「ゲッ! あ、あなたは……!!」
 それがマッドサイエンティスト、ルゲイエの最期の言葉だった。


 とうとうエッジとリディアは、マグマに包囲されてしまっていた。
 少しでも身を守ろうとエッジが水遁を放つが、焼け石に水だった。
 リディアがリヴァイアサンかシヴァさえ召喚できれば、この窮地を脱することも可能だったのだが、彼女はまだそこまで回復していなかった。
「エッジ、わたしに構わず逃げて! エッジ一人だけなら何とかなるはずよ!」
 リディアが泣きそうな顔で叫ぶ。
「バカ野郎! お前を残して逃げられるわけねえだろ!!」
「でもっ!」
 その時、ついにエッジの魔力が底を尽いてしまった。
「エッジ!」
 すがり付くリディアを、エッジは守るようにしてぎゅっと抱きしめる。
 ――ちくしょう……!
 その直後、マグマが生き物のように渦を巻いて二人を飲み込んでいった。


 半日後。
 セシルがドワーフ城の病室の前で、ローザが出て来るのを今か今かと待っていた。
 そして彼女が出て来るなり、すぐに心配そうな表情で訊ねる。
「エッジとリディアの具合はどうだった?」
「安心して。二人とも、もう大丈夫よ」
 答えながらローザはにっこりと微笑んだ。
 城に知らせに飛んできたシルフから話を聞いたセシルたちは、すぐさまその洞窟へ向かったのだが、
 そこで彼らが見た光景は、地面に横たわって気を失っているエッジとリディアの姿だった。
 そしてその近くを流れていたマグマの傍では、燃え残った白衣が見つかった。
 どうやらルゲイエは、誤ってこのマグマに足を踏み入れて一命を落としたらしかった。
 その後、城に帰還して治療を施そうとしたのだが、不思議なことにエッジの背中にあった傷跡を始め、二人の身体には傷一つ付いていなかった。
 しかし、長い間あのような高温の場所にいたために衰弱が激しく、ローザが今まで看病をしていたのだった。
 ローザの言葉を聞いてセシルは安心したように胸を撫で下ろした。
「それは良かった。じゃあ、中に入ってもいいかな?」
「いいえ、今は辞めたほうがいいわ」
 セシルが訝しげな表情をしたその時、病室の中から二人がいつものケンカをする声が大音量で轟いてきた。
『あ〜っ! それはわたしの分なのにっ!』
『なんだよ、フルーツの一個取られたくらいで泣くなよ!』
『エッジのバカ!』
 そして魔法の詠唱が聞こえてきたかと思うと、爆発の音と共に若者の絶叫する声が城中に響き渡った。
「……まあ、二人とも元気になって良かったというべきかな?」
「ちょっと元気すぎるみたいだけど……」
 セシルとローザは、互いの顔を見合わせて破顔した。


 同じ頃、バブイルの塔では風を巻き起こす金色の長い髪が美しい女と、炎のマントを纏った男が密かに会話を交わしていた。
「どうしてあの二人を助けたの?」
 女の問いかけに対し、男は静かに答えた。
「彼らには借りがあったのでな……」
 エブラーナ王と王妃の改造はルゲイエが勝手にやったこととはいえ、男はその事をずっと負い目に感じていたのである。
 そのためカインから今回のルゲイエの行動を聞かされると、すぐに洞窟に赴いてルゲイエを処刑し、間一髪のところで二人を救出したのである。
 無論、自分が一目置いておるエッジと、もう一度正々堂々と戦ってみたかったのも理由なのだが。
「相変わらず、あんたは甘いわね。でも『ルゲイエは任務に失敗して死んだ』ってゴルベーザ様には報告しておくわ」
 嘆息しながら立ち去る女を見て、男はフッと笑う。
 男が願ってやまないその時が訪れるのは、そう遠くない未来のことだった。





 

   


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